新しい世界に
飛び込むヒント

New Target,My Dream

不安を乗り越えて出会えた、夢と新しい目標

宮城県仙台市にあるドーミーで暮らす安川さんは、今年の春に卒業を迎えます。
彼女はどんな学生生活を送ってきたのでしょうか。
友達のこと、これからの夢、思い出など、これまでの生活を振り返りながら話してもらいました。

INTERVIEW

今年の春に大学を卒業し、社会人としての第一歩を踏み出す安川さん。
「いまは卒論や卒業旅行の計画とか、いろいろやることがあって忙しく過ごしています。卒業旅行は海外に行きたいね、と友達と話しているんですよ」
現在は、残り少ない学生生活を楽しんでいる安川さんですが、これから始まる新生活への意気込みを聞いてみると――。
「正直なところ、今は“ちゃんとした社会人になれるのだろうか”と、期待より不安のほうが大きい気がします(笑)」
こう話す安川さんは、実家から遠く離れたこの大学に入った当初も、いろいろな心配や不安を抱えていたといいます。「あの頃は大学や新生活にちゃんと馴染めるか、不安な気持ちでいっぱいでした。でも、心配や不安を取り除いてくれたのが、友達だったんです」

使い勝手が気に入っているという備え付けのベットやデスク。最近レイアウトを変えたそうだ。

不安から楽しさに変わった

その後の安川さんの支えにもなった友達とは、学生生活がスタートしてまもなく、ドーミーで出会いました。

「大学も同じだったので、その5人とはすぐに仲良くなり、食堂や共有スペースなどでよく一緒に過ごしていました。ドーミーに帰って食堂をのぞくと、誰かいるというのは安心感がありましたね。たびたび夜遅くまで話し込んでしまい、寮母さんに怒られたのも今では良い思い出です」

安川さんの大切な懐中時計。試験のときなどに必ず側に置いているアイテムのひとつ。

友達と乗り越えた大震災

安川さんがドーミーで過ごしてきたなかで一番印象に残っている出来事は、2011年3月11日に発生した東日本大震災です。大学2年生になる前の春休みでした。
「地震が起きたときは、近くの体育館へ避難しました。すぐにマネージャーさんや寮母さんが食事や毛布などを持ってきてくれました。そして、次の日にはドーミーに戻ることができました」

安川さんが住んでいるドーミーは、仙台市内でも比較的早く電気と水道が復旧しましたが、食料の調達が困難な状況は続きました。そこで、全国のドーミーの協力のもと、食事を絶やすことなく提供する取り組みが最優先で行われました。
「地震から2日後には、いつも通りの食事がでていました。おかげで生活の不安はありませんでした」

そばに友達がいる、心強さ

地震からしばらく経ってもなお余震が続きました。またいつ大きな揺れが来るかわからない。この恐怖がひとりで部屋にいた安川さんを襲いました。「すると、マネージャーさんが食堂や空き部屋を解放してくれたんです。私はずっとみんなと一緒に過ごしました」

このとき安川さんが一緒の部屋で過ごしたのは5人の友達。仲が良かったとはいえ、震災前はお互いに部活や勉強などで忙しく、なかなかゆっくり会って話す時間が持てなかったそうです。「24時間ほぼ一緒にいましたね。とにかくいろんな話をしました。みんなで布団を並べて寝たり、日中は食料調達にでかけたり。改めて友達が側にいてくれることの心強さを感じました。あの大変な時に友達と過ごした時間は、今でも大切な思い出になっています」

毎朝の食事は食堂で食べている。友だちと話せる大切な時間でもある。

いつもの食事が助けてくれた

「食事の心配をしなくて良いというのは、とても大きいことです」と語る安川さん。毎日ちゃんとした食事ができる、これは公務員試験の勉強で忙しく過ごしていた時、特に感じたそうです。 「おかげで体調を崩すことなく、試験に挑むことができました。勉強に集中したいときに自炊もしなければならないのは、大きな負担だったと思います。きっと食事がおろそかになっていたのではないでしょうか」

また、いつも気にかけてくれていたマネージャー夫妻、配膳のときに声をかけてくれる食堂のスタッフの存在も、大きな安心につながっていたそうです。 「学生時代を楽しむためには、食事面がしっかりし、そして安心して暮らせる場所が必要だと、親はきっと考えていたと思います。それでここを勧めてくれた。離れていても、いつも私のことを想ってくれる親には本当に感謝しています。たまに遊びに来ますが、私の生活については特に心配はないようです」

「いま振り返ると、大学生活が始まってまもない頃、震災のとき、試験勉強で忙しかった頃などは、不安や落ち着かない気持ちを抱えていました。でも、ドーミーでの生活は安心感がありました。その気持ちって、いつも生活していると気づかないんですけどね。それは、どこか実家のような、離れてみるとそのありがたさに気づく、そんな感覚に近い場所でした」

離れてみると分かること

「いま振り返ると、大学生活が始まってまもない頃、震災のとき、試験勉強で忙しかった頃などは、不安や落ち着かない気持ちを抱えていました。でも、ドーミーでの生活は安心感がありました。その気持ちって、いつも生活していると気づかないんですけどね。それは、どこか実家のような、離れてみるとそのありがたさに気づく、そんな感覚に近い場所でした」学生生活を過ごしたこの場所もあとわずか。これから新たな生活が始まりますが――。

「就職活動中はいろいろ悩んだ時期もありましたが、結果的に自分が決めた道に進むことができました。これからは自分の親のように仕事を頑張っていきたい。そして、いつか結婚して母となり、すてきな家庭を築きたいという夢もあります。今は、住み慣れた場所を離れる不安や寂しさのほうが大きいですが、学生生活での経験や自信を糧にして、社会人として頑張っていきたいと思います」と強く夢を語ってくれました。

[ お母様へのインタビュー ]

親御さんは、離れて暮らす安川さんを
どんな思いで見守っていたのでしょうか。

娘がひとり遠いところで暮らすことは、親としてはとても不安で、心配でした。でも、ここはセキュリティや食事面、マネージャーさんや寮母さんによるケアがしっかりしていたので、離れていても安心して過ごせました。特に食事は素晴らしいですね。春から娘は実家に戻ってきますが、ドーミーの食事に慣れた娘を満足させられるかしら、と不安です(笑)。

震災のときは最初電話も通じず、不安のまま1日を過ごしていました。次の日にドーミーと連絡がとれ、寮母さんがいまの状況や娘の様子などを細かく教えてくれました。とても丁寧に対応してくださったので、心からホッとしたのを覚えています。娘の学生生活をしっかりサポートしてくれたドーミーには本当に感謝しています。

これから社会人となり、いろいろ不安もあるでしょうけど、娘には「とにかくやってみなさい」と言ってあげたい。これから出会ういろんな人たちの話を聞き、後悔のないように歩んでもらいたいですね。

震災後の対応について

食事を止めてはならない!

(株)共立メンテナンス

仙台支店リーダー久米 主税

2011年の東日本大震災では、甚大な被害を受けた宮城県仙台市。中心部からほど近い場所でも、建物崩壊や電気・ガス・水道といったライフラインの遮断によって、たくさんの人たちが長期間にわたり不自由な生活を余儀なくされました。こうした状況の中、共立メンテナンスのドーミーでは、どのような対応がされていたのでしょうか。

全国から東京本社に集められた物資は、仙台に連日送られ、社員たちが仙台のドーミーに防寒具などを配って回った。

地震が起きた瞬間、何が起きたか分かりませんでした。まず家族のことが心配でしたが、同時に「入居者さんは大丈夫か?」と思い、情報が集まる仙台支店に戻りました。

 

仙台市内は電話が通じなかったので、支店メンバーで手分けをして各ドーミーへ向かいました。建物内にいた入居者さんの安全確保は、各マネージャーがしっかりと対応していたので、少しだけホッとしました。しかし時間が経つにつれ、「不在者の安否」「寒さ対策」「家具の転倒」「保護者様への連絡」「食糧の確保」など次々と問題が出てきました。あの時は頭で考えるより体が先に動いていました。「入居者さんに寒い思いや、ひもじい思いをさせてはならない」と。

地震発生後の3日間
仙台の様子

●ライフラインストップ

仙台市内の復旧までにかかったおよその期間、
電気 約10日、水道 約20日、ガス 約30日

エリアによって変わります

●避難所は物資不足

  • 暖房器具が足りず、とても寒い
  • 水、食材の備蓄が乏しい
  • プライバシーが全くない

●コンビニ・商店は開かず

  • コンビニは開店まで約2週間を要した
  • 一部の開いた商店は人々が押し寄せた
  • 燃料がなく、一般車両はガソリンスタンドに大行列

●情報が遮断

  • 携帯電話が繋がらず、充電もできない
  • 正確な情報が分からず、どうして良いのか分からない
  • どこに誰が避難したか分からない状態
仙台地区にあるドーミー・支店の対応 本社の対応
3/11 地震発生

仙台地区にあるドーミー・支店の対応

  • 安全確保
  • 安否確認
  • 避難所誘導
  • 食事提供

本社の対応

  • 全寮の安否確認情報を集約
  • 対策本部を設置
3/12 1日目

    仙台地区にあるドーミー・支店の対応

    • 避難所の物資・暖房不足のため、ドーミーの食堂を避難場所に変更
    • 建物が被災したドーミーでは、入居者を当社運営ホテルの居室へ移動
    • 食事提供

本社の対応

  • 第1次応援隊派遣
  • 大型車両複数確保
3/13 2日目

仙台地区にあるドーミー・支店の対応

  • 各居室の復旧作業開始
  • 食事提供

本社の対応

  • 食料輸送(米1tほか)
  • 食料・燃料基地確保
  • 第2次応援隊派遣
3/14 3日目

仙台地区にあるドーミー・支店の対応

  • 各居室の復旧作業開始
  • 食事提供

本社の対応

  • 応援本隊派遣
  • 保護者様への状況連絡

震災翌日には、本社の応援スタッフが到着。2日後には、大量の食糧や燃料とともに次の応援スタッフが、そして3日後には大勢の応援スタッフと必要物資が到着しました。正直、現場と支店スタッフだけでは、どうにもならないところもあったので、本社の迅速なサポート体制がとても心強く感じたことをよく覚えています。

入居者様や保護者様からの感謝のお言葉と、事業所・本社・支店の全員がひとつの心で動けたことは、震災の辛い経験の中で得た私の大事な宝物です。

編集・発行:株式会社 共立メンテナンス/BASE編集部

本記事は2015年2月発行『BASE』を元に作成しております。2015年2月時点の内容です。